4月7日、お茶の水女子大学大学院「キャリア開発特論(ロールモデル編)」で講義

昨年2014年に引き続き、今年も、お茶の水女子大学大学院「キャリア開発特論(ロールモデル編)」で講演します。

内容は、次の通り。

キャリアパス

キャリアを積んでくるにあたり、その時々の意思決定の理由と判断

次世代の女性博士人材への期待

質疑応答

いつも、キャリアの講演で引き合いに出すのは、スタンフォード大学のジョン・クランボルツ博士の「計画された偶然性理論」。

お茶の水女子大学大学院のこの講義は、シラバスも公開されています。

http://tw.ao.ocha.ac.jp/syllabus/index_kyoin.cfm?jugyo=15S2008

皆さんにお会いできるのを楽しみにしています。

他人がつくったイベントに踊らされる前に

青年海外協力隊として赴任したフィリピン。
クリスチャンの方たちの、
クリスマスに対する思いは、
すさまじいものがあった。
9月からクリスマスの飾り付けが始まり、
街にはクリスマスソングが流れる。

いわゆる”ber”monthの4ヶ月間は、
ずーっとクリスマス。

September,
October,
November,
December.
銀行の窓口も、郵便局も、
みんなが心待ちにしているクリスマス。
クリスチャン人口が世界第3位のフィリピンならではの風潮である。

翻って、日本のクリスマスを考えると
本当に恥ずかしくなった。
クリスチャンの人ならともかく
クリスマスの本来の意味すらよくわかっていないのに、
世間で騒がしくなれば
ケーキを買い、
プレゼントを買う。
チキンなんて本来クリスマスに全く関係ないのに、
鶏肉を買う。
外国籍の何人もが、
日本人がクリスマスにチキンを食べるのだけは
おかしい、許せない、と言う。

バレンタインデーしかり、ホワイトデーしかり。
いくら受け取るチョコの数の多さを誇っても、
本命チョコでなければ
それはただ
たまたま職場で一緒の人から
もっと高い”お返し”を期待されただけかもしれない。

林修氏の著書「いつやるか?今でしょ!」に
「イベントに踊らされるな、日本人!」
というコラムがある。
林氏は、大学時代、イスラム圏からの留学生に
「日本のクリスマスをどう思う?」と聞いたところ
「日本人って、本当に幸せな民族だなとつくづく思う」という
答えが返ってきた経験がある。
それ以来、
クリスマスと距離を持つようになったという。
今の日本は、
売上を重視するコマーシャリズムが主導権を握り過ぎている、と言う。

でも、それを声高に言うと、
それで利益を得ている人たちは
快く思わないだろう。
そうであれば、
一人ひとりが、既存のイベントに踊らされ過ぎない意思を持つ必要がある。

林氏は
『母の日だから電話するのでなく、
毎日親孝行しているから、
母の日に大騒ぎしなくてもいいような日を送ることこそ
真のイベントだと僕は考えている』
と言う。
その通り。
一人ひとり、大切な「イベント」のタイミングは違うはず。
他人のつくったイベントとは適度な距離を置いてつきあい、
自分ならではの真の「イベント」を大切にしていきたい。

3.11 誕生日のお祝いメッセージありがとうございました。

3月11日生まれのある男の子が「この日に祝うことなどできない」と言ったそうです。そうしたところ、僧侶が「そんなことはない。君は、毎年、その意味を考えていく機会を与えられたのだ」と答えたという話をどこかで聞きました。
2011年から今までの4年間、誕生日を祝う写真は載せることができていません。この日に亡くなった方に対して、また避難所や仮設、みなし仮設などの厳しい環境の住居でいまだ暮らしている方に対し、不謹慎と感じたからです。震災翌月の2011年4月から食料の支援物資を運搬し、仮設や避難所への炊き出しなどを通し、そこに置かれた状況を身にしみて感じてきました。
3.11は、私にとって、単に誕生日というだけではありません。震災支援を始めるきっかけとなった日であり、会社を辞めるきっかけの一つとなった日であり、そして立ち上げた個人オフィスの名前でもあります。震災のあと、外資系企業の管理職を辞めるとき、相当、悩みました。10年以上かけてコツコツ築いてきたもの、たとえば人間関係や社会的地位、待遇など、恵まれた環境やものを一気に投げ打つ覚悟と決心は、なかなかつけられなかった。ノイローゼになるくらい悩んだ。最終的にはアウェイに飛び込みました。
被災した方と同じ状況になることはできないし、大切な人を亡くした方と同じつらさを味わうことはできません。けれど、あの日以降、私の中から3.11が消えたことはありません。人の痛みや弱みに寄り添うことのできる人、察せられる人でありたいです。
I appreciate it you remember my birthday,. Four year passed since the 3.11 disaster occured.

東日本大震災の月命日に

2011年3月11日の翌月、石巻へのトラックに乗せてもらい、石巻運動公園に23万9700食の支援物資を降ろしました。3月にも22万800食の支援物資は運んだのですが、4月に入り「宮城県の避難所で栄養不足が発生」との報道を見たためです。おそらく食事が炭水化物に偏り、ビタミン・ミネラルや食物繊維が足りていなかったと推察します。支援物資の倉庫となっていた石巻運動公園のテントに積み降ろした後、当時勤めていた食品企業のTwitterアカウントから「支援物資(自社製品)持ってきたのでお役立てください」と発信しました。すると「個人宅でももらえますか?」と返信をくれた女性がいました。ペットがいて、疾病と闘っているため、避難所に入ることができない。でも地元では、避難所まで取りに来ないと支援物資の食料は受け取ることができない規則になっている。避難所は遠く、移動手段の車が無いため取りに行けない。仕方ないので彼女へ宅配で送り、後日、直接手渡しに行きました。ある場所には大量の食料があるのに、なぜ本当に必要な人に届かないのだろう。そのもどかしい思いが今の活動の原点です。

あのとき起きていたのと同じようなことが、いま世界中で起きています。13億トンもの食料が棄てられているのに、別の場所では食料に困っている人や栄養不足の人が10億人近くいる。

発生してしまったロスをリサイクルするRecycle、再活用する・再配分するReuse / Redistributeは、それを少しでも解消する手段です。そして、そもそも廃棄物を発生させないReduce(発生抑制)は、さらに優先順位が高い取り組みです。

ただ、問題の根っこは、食品に対する一人ひとりの考え方ではないだろうか。頭で「食べ物を無駄にしてはダメだよね」と考えているだけではロスの問題は無くならない。日常生活に浸透する必要がある。そのために、具体的にどうしたらいいのか。そんなことを考えながら、石巻の彼女に毎月11日のメールを打ち、「食品ロスをなくすために」提言を書いています。

It passed three years and eleven months since the 3.11 disaster occurred

『人や組織の成長を長年見守ってきましたが、大きな進歩を望むなら、日々何度も繰り返す小さな行動にこそ着目すべきです。小さな改善を地道に繰り返すことが、大きな変化につながるのです』
スタンフォード大学 元教授 ヘンリー・B・アイリング

エッセンシャル思考

本日、都庁(東京都環境局)で、タイ・インド・モンゴルから来日されている行政職員の方へ、「食料廃棄と食品ロス 世界と日本の現状と今後の可能性」について基調講演します。

今日は12時に修士論文の訂正版の最終提出締切なので、きのう仕上げて提出してきました。

さて

書籍「エッセンシャル思考」良かったです。一気に読みました。

印象に残った言葉を下記に挙げます。

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成果を生まない努力をやめる。

単に情報を受け渡すだけなら誰にでもできる。そこに本質的な意味を見出すこと。

小さく始めて大きな成果を得ること。

大きな進歩を望むなら、日々何度も繰り返す小さな行動にこそ着目すべき。

小さな改善を地道に繰り返すことが、大きな変化に繋がる。