尊敬するクラスメート

2015年8月9日にフェイスブックに投稿した内容を、再度、投稿します。

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日本で初めて聾唖者として東大に現役合格し、日本で初めて聾唖者として司法試験に合格した人。聾唖の弁護士は日本でたった一人。私の尊敬するクラスメートである。
One of my high school class mate is a deaf person, but he passed the exam of the University of Tokyo and passed the bar exam. He is the only deaf lawyer in Japan. I’ve respected him very much. ( the attached photo is me and him when we were high-school-students )

世間的には東大に受かったことがすごいのかもしれないが、私がすごいと思ったのは、彼が高校3年の秋ごろの模試でD判定(A・B・C・D・Eの五段階評価の下から2番目)だったのに諦めなかったところである。あのとき、模試判定の結果を同級生に見せながら笑っていた。この絶望的な状況で、どうして彼は笑っていられるのだろう。

最も心を動かされたのは、彼の姿勢 ー生きざまー 前向きさと明るさだった。
教室の前の方に座り、先生の唇の動きを見て授業を受けていた。
通訳はいなかった。
足らないところはクラスメートに教わっていた。
学ぶのがとても楽しそうだった。

当時、私は九州の県立高校から千葉の県立高校へと転校させられ、父をー 何度も何度も繰り返す父の転勤をうらんでいた。幼稚園のときから、早いと1年ちょっとで引っ越し。転校すれば、教科書は違う、言葉(方言)は違う、遊び方も食べ物も友達も住むところも何もかも違う。おまけに、福岡で受験勉強がんばって合格した県立高校も、入学して1ヶ月後に「転勤」で「転校」。で、どんな高校があるのやらまったくわからない千葉の高校をいくつも受験し直しだなんて・・・
もう振り回すのはいい加減にしてくれよ。

その前に「受験失敗」という苦い思いを味わっていた私は、編入した千葉の高校で、大学受験ではもうあんな嫌な思いを味わうまいと、それなりに勉強していた。だから成績は比較的よかった。
でも、彼だけは抜くことができなかった。

D判定でも諦めない。
前向きで明るい。

小学校で父親を亡くして母子家庭で育っていた彼は、自分の母親のように社会的に大変な状況にある人を助けたいと思い、弁護士を目指していた。

仕事のモチベーションが「金(money)」しかない人は、すぐわかる。

彼のように、人を助ける、誰かの役に立つ、社会をよくすることが勉学や仕事のモチベーションになっている人は、強い。
あきらめない。

私が奈良の大学を選び、一校だけ受験し、合格した後、
彼も、D判定だった東大に現役で合格したことを知った。
当時、全国紙が「聾唖者として初の合格」と記事にしていた。

その後、私が大学卒業し、最初の会社を辞めて青年海外協力隊として
フィリピンへ赴任していたとき、
母が新聞記事の切り抜きを国際郵便で送ってくれた。
彼が、5年かけて大学卒業し、社会人になり5年め(大学在学時から8年め)、市役所の仕事をしながら何度も司法試験にチャレンジし、
前例のないところで闘い、
ついに日本で初めて聾唖者として司法試験に合格した、
という全国紙の記事だった。

先週、彼の連絡先を調べ、連絡したところ、返事がきた。
忘れたかな・・と思った私のことを憶えてくれていた。

弁護士業をはじめて17年になること。
依頼者の8割が健常者で、2割が障害者であること。
社会的に困っている障害者の役に立ちたい・・と思っていたら
いつのまにか17年が経ってしまったこと。
来年2016年4月より障害者差別法が施行されるので、
その頃には障害者を取り巻く状況も変わると期待していること。

あの頃と変わってないね。
今までやってこられたのは
あなたのおかげでもあるかもしれない。
あのとき出逢えて本当に良かった。
ありがとう。

*昨年(2014年)全国紙に取材された際の彼の言葉

『スピード感ばかりが尊ばれる社会が、人々の本当の幸せになるのだろうか。人と人が分かり合うコミュニケーションは、本来、時間がかかるものだ。一歩引いて、あえて時間をつくってゆっくりやることが必要なのではないか』

 (写真は高校3年の文化祭、豆腐を使ったヘルシードリンクの店をやった時)

食品ロス問題を全国的に注目されるレベルまで引き上げ、第2回食生活ジャーナリスト大賞「食文化部門」受賞

食品ロス問題を全国的に注目されるレベルまで引き上げたとして、第2回食生活ジャーナリスト大賞を受賞しました。

食品安全の分野の記事や著書で名高い、小島正美さんが代表幹事を務める食生活ジャーナリストの会(JFJ)に評価して頂き、光栄です。

ありがとうございました。

食品ロス問題を全国的に注目されるレベルまで引き上げ、第2回食生活ジャーナリスト大賞「食文化部門」受賞

第二回 食生活ジャーナリスト大賞「食文化部門」受賞しました

このたび、第2回食生活ジャーナリスト大賞「食文化部門」を受賞することになりました。食品ロス問題の啓発は私一人だけがやってきた訳ではないので、個人で受けるのはおこがましい限りですが。。。(お知らせを聞いた瞬間、いろんな方々のお顔が頭に浮かびました)

食品企業とフードバンクそれぞれの広報として合わせて17年間、311の年に独立してから7年間、取り組んできたことが、少しでも結実して貢献できたこと、食生活ジャーナリストの会の皆さまが、食品ロス問題の啓発活動という目立たない部分に光をあてて下さったことを嬉しく思います。28日18時30分の授章式と受賞者講演では、311以降の歩みをお話ししたいと思います。

これからも食品ロス問題について知って頂くこと、それにより意識や行動が変わっていくために、力を尽くしていきたいと思います。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。I have been awarded the second Diet Journalist Award. The award celemony will be held on the 28th.

第2回食生活ジャーナリスト大賞 受賞者決定

食生活ジャーナリスト大賞 受賞者決定

20th Wedding Anniversary

あけましておめでとうございます。おかげさまで2017年末に結婚20周年を迎えました。家族は個の集まりで自分の所有物ではないですし、プライベートを公開するのを好まない相手の意思を尊重し、普段は一切話しません。今後も話さないでしょう。が、20年の節目ですので、20代の頃から私たちとずっと繋がってくださっている方々へ、ご報告と感謝の気持ちを伝えたいと思います。

社会人になってから大学院に10年通い(うち3年は英語論文執筆指導を毎月受ける、今月も)、独立して今春で7期目を迎えることができるのも、いろんな形で支えて頂いている方のおかげです。

振り返れば帰国後のあの頃は、任期も全うできず、挫折感満載。仕事も無く、痩せ細り、文章もひと文字すら書けない、この先、就職できるかわからない、望みのないどん底でした。一年がかりでなんとか食品企業に再就職し、入籍。どん底でも、前と同じように接してくれたからこそ、人生のパートナーになれたのだと思います。数年後、さっそうと世界旅行へ旅立ってしまった配偶者(別名:電波少年)の代わりの大黒柱となり、と同時に人妻女子大生(名付け親:元同僚)となり、帰国後に再就職した配偶者の単身赴任先の奈良に毎週末通う通い妻(奈良フリーク)となりました。社会人になってから大学院に10年通い(うち3年は英語論文執筆指導を毎月受ける、今月も)、独立して今春で7期目を迎えることができるのも、いろんな形で支えて頂いている方のおかげです。ありがとうございます。

2017年は、義父母の住む長野県から5回の講演依頼を頂きました。うち1回は、義父母が住む市が主催の講演でした。家族や親戚や知り合いに声をかけてくださり、150人もの方が集まり、著書もたくさん売って頂きました。結婚前から一人で家に行き、村(当時)のカラオケ大会に出て特別賞を取り「あれは誰だい」と村じゅうの話題(笑い者)になり、家にお邪魔してはチャンポンで酒を飲み、音を立てて床に崩れ落ち、お盆に天ぷらを2時間揚げ続けてはぶっ倒れ・・・どんなぶざまな姿でも温かく受け容れてくれて、どんな仕事に就いても全力で応援してくれる義父母は、私にとって、世界一の家族です。

配偶者を突然亡くす母を10代のとき目の当たりにしてから「自分も家族もいつ亡くなるかわからない」という恐怖心がどうしても拭えません。発信や投稿は、私にとって ”遺書” です。ささやかでも、誰かの心に変革をもたらすことができれば意味があると考えています。そして、小さな個の変化が、やがては社会の変革にじわりと繋がることを願っています。ただでさえ出張が多いですし、終活を考えているので(早いと言われるが本人は真剣)、平日夜や土日はできるだけ一緒に過ごしたいと思っており、せっかくお誘い頂いても不義理をするかもしれませんが、どうかお許しください。

生きていてくれるだけでありがたい。
この世界が有限だと知っているからなおさら愛おしい。
20年間ありがとう。

(写真は世界的なドキュメンタリー写真家ユージン・スミスの代表作「楽園への歩み」。2018年1月28日まで東京都写真美術館で展示会開催中。この写真は撮影可です)Photo: W. Eugene Smith: A Life in Photography at Tokyo Photography Art Museum

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