私以外私じゃないの

「私以外 私じゃないの♪」という歌がラジオで流れると、DJの方が「当たり前」とツッコミを入れるのをときどき耳にします。
当たり前なんだけど、この歌詞はとても深い。
わたしじゃないわたしで生きている人が多い。
3.11以降、自分を含めて強く感じます。
演じている人。
自戒を込めて言うと、演じている人の特徴は
1、(取り組んだその物事が)長く続かない。ポーズだから。
2、こころの底からやっていないので愛情が感じられない。
3、自分の使命として取り組んでいないので説得力がない。
4、なぜそれをするのか?と問われたとき、その「なぜ」がない。
5、(その物事を)楽しんでいない。
もちろん、生活がかかっているから変えられない人も多い。
社会的地位や給与を失いたくないから演じている人も多い。
その「社会的地位や給与が高い自分」が自分そのものならいいが、自分じゃないのにかじりついている人もいる。コンプレックスは誰もが持っているものだけど、固執する人は、コンプレックスが過剰に強い傾向にあるのを感じる。
自分の命というものを考えたきっかけは、
10代のときに父親が亡くなったこと。
誕生日である3.11に、多くの方が亡くなったこと。
最近だと、新幹線の事件に巻き込まれて女性が亡くなったこと。
その女性が新幹線に乗るときFacebookに投稿した最後の書き込みを読んだ。
  「これまでの平穏無事のお礼参りに伊勢神宮へ伺います」
言葉は、その人が考えていることを如実にあらわす。
日々の言葉は、自分が死んでも残る。
自分の言葉は、いま自分が死んで残ったとしても恥ずかしくないものだろうか。
生きている今、ほかの誰でもない、自分にしか残せない言葉だろうか。

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