広報とは、組織内における第三者の目

仕事でつらいとき、いつも励まされてきた言葉がある。
その言葉と出逢ったのは、東日本大震災(3.11)が起こる3日前。
当時、私は外資系食品企業の広報室長だった。
その紙にはこう書いてあった。
『広報は、本当に深い仕事だと思います』
『一言で言えば、組織内における第三者の目であるといえるでしょう』
そうだ。
広報は、組織の人たちが気づかない良い面を引き出し社会に伝える仕事であり、
組織の論理でこり固まった組織を第三者の目で見、厳しく指摘する仕事でもある。
組織にどっぷりと浸かってしまうのではなく
片方の足は会社(組織)に、
もう片方は社会に、を心がける。
「広報」が世で語られるとき、違和感があった。
とにかく言いたいことをじゃんじゃん発信していくのが「広報」だ。
とか、
金のかからない無料の広告。
といったような。
違うよね。
「広く報せる」(広報)も大事だけど「広く聴く」(広聴)も大事だね。
その紙には、こうも書いてあった。
『しかし第三者の目を持つことは、非常な困難と孤独を伴います』
『組織の論理に流されていれば、たいていのことはまずまずのレベルで済んでしまうからです』
『第三者の目を持ったために(中略)抵抗され、挫折することもたびたびです』
ほんと。
真の広報の仕事をわかってくれている人がいたことに感銘を受けた。
組織の論理に流され、言うべきことを言わずにいる組織人がどれだけいることか。
この紙に書かれたメッセージは
Go Egami(江上剛)さんが、当時、閉会となった広報研究会に、元企業広報として、2005年講師として投げかけてくださったものである。
企業広報そしてNPO広報として、組織の中で広報の責任者として取り組んでくる中で、落ち込んで、やる気力も精神力も失ったとき、いつも持ち歩いているこの紙を取り出し、眺め、読み返し、やる気を持ち直してきた。
月刊誌「広報会議」での半年間連載のコラムでも、この話を引き合いに出した。
今は、「広報」と呼ばれる立場ではないけれど、
真の広報の精神をこころに留めているつもりでいるし、
広い意味では「つたえる」「つたわる」ための仕事をし続けていると思っている。
そして、
経営者こそ、この精神を心に留めるべきと考える。
震災以降、この4年間を支えてくださった江上さんの言葉に感謝しています。
ありがとうございます。
(写真、左が江上剛さんからのメッセージでいつも持ち歩いている紙、右は月刊誌「広報会議」で半年間コラムを連載していたときのもの)
The Value of Corporate Communication
I’m so impressed with the message by Go Egami

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