所属したくない欲求

ある集団に所属したい「所属欲求」というのがあります。
この逆に「所属したくない欲求」というのはあるのでしょうか。

人の集まりによって、他者(異端児・異分野の人間)を受け入れる許容度に差があるのを感じます。ある共通性を持ち、ゆるく繋がったグループであれば、他者を受け入れようとする寛容さが保たれています。一方、ある共通性を持ち、それ以外の他者を排他的に見るグループに入ると、呼吸ができない居心地の悪さを感じます。したがって「敬して遠ざかる」。同じ志向(思考)を持つ人で固めてそれ以外を排除すれば、管理する側にとっては効率がいいかもしれません。でも、自分と他人がまったく同じように考える・・・わけがない。その「異端」を強制的に排除しようとすると、闘いがいくら起こってもキリがない。

私が居心地よく感じるのは、多種多様な組織の人が集まり、冷静に、客観的に、俯瞰的に、対等に、話すことができる場です。

たとえば青年海外協力隊の訓練所では、心そのものが躍動するような喜びを感じました。出身は北海道から沖縄まで、年齢は20歳から40歳まで、職種は160種類以上の人間が集まる。一人ひとりのできることには限りがあっても、違った強みやプロフェッショナルな分野を持つ人が集まると、ものすごい力になるなあ、と。

あるいはチャイルドライン支援センターでの、子どものいじめや自殺をなくすための超党派の勉強会。「党派がいがみ合うのでなく、党派を超えて同じ目的で活動できるっていいなあ」と感じました。

また、宗派を超えた「超宗派」の全国のお寺210以上が集まる彼岸寺(ひがんじ)の「おてらおやつクラブ」の趣旨にも共感します。お供物の食品がだめになってしまうことが多く、だめになる前に、食べ物に困っている子どもたちに届ける活動。

 彼岸寺 http://www.higan.net

 おてらおやつクラブ http://otera-oyatsu.club

これは自分が転校生(アウェイ)として全国転々と育ってきたことに由来しているのか。それとも、そういう生い立ちとは関係なく、同様に感じている人がいるのか。「滅私奉公」は、以前に比べて減ってはきましたが、「「所属欲求」を持ち、一つの組織や集団「だけ」に所属していることを「是」とし「快」と感ずる人は、案外多いのではと感じます。

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