居場所を転じることの良さ

都市銀行の銀行員だった亡父の転勤のため、北海道から九州まで、転々として育った。

そのせいで、転校も幾度となく繰り返し、小学校は3つ、中学校1つ、高校2つ、通った。

大学は、学部と大学院とで2校通い、4月から3校目に通おうとしている。

居場所がどんどん変わっていくので、自分がどこの人間なのか、わからなくなる。

よく問われる質問に「出身はどこですか」というのがあるが、私の場合、御茶ノ水で生まれたので「東京都千代田区」ということになるが、その後すぐ札幌へ移動し、そこから府中、世田谷、埼玉、愛知、福岡・・・と移り変わっていくので、はたして本当に出身が「東京都千代田区」でいいのか、わからない。

居場所を転々とするので、10 年ひとつところにいたことが長らくなく、前職で、勤続10年を超えたとき、「ああ自分も10年ひとつところに居られる人間だった」と、ほっとした。

居場所を転じることで、物理的な距離が離れると、それとともに、疎遠になる人とそうでない人に分かれる。

つきあいが続く人とは、物理的な距離が離れようとも、所属が変わろうとも、続く。

そうでない人とはそれっきり。

人づきあいがフィルターにかけられ、ためされるという意味では、居場所を転じるのも良い。

居場所を転じることの良さ」への1件のフィードバック

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください